- 春眠 -



 ほけら~、と。まさにそんな形容詞が似合う。
 自称、旅の軍師見習いであるアシュレイがこんな調子で先程から覗き込んでいるのは、これまたやや無防備な寝顔をさらけ出しているこの軍の軍師、マークだ。うららかな春である。ちょっとマークがお昼寝をしようと思ったところで、それは誰にも責められまい。
「…平和ですねぇ」
 のほほんと、アシュレイは一人呟く。少し、羨むような気持ちを声に滲ませ。
 勿論、本当に平和ならそもそも軍師なんて要らない。その意味では、アシュレイの台詞はこの上なく痛烈な皮肉ともとれる。
 しかしてアシュレイの声音には、嫌味めいた響きもなかった。つまりはただ単に、思った事をそのまま口に出しただけのようだ。
 ──アシュレイがおっとりとしているのが天然なら、たまにきつい皮肉を言うのも天然。その事をマーク達がきちんと呑み込むのは、もう少し先の話である。
 実際のところ、アシュレイはこんなにも落ち着いて眠る事のできるマークが、羨ましくて仕方なかった。
 アシュレイは眠る事を恐れている。眠るのは怖い。浅い眠りはアシュレイに、鮮明すぎる悪夢しかもたらさないから。深く眠れば目が覚めた時、より化け物に近付いている。
 そもそも、上手く寝付けた例も殆どないのだ。アシュレイは周囲の様子が“視える”、そんな“力”を持っている。だが、逆にその“力”ゆえに、気が休まる時は驚くほど少ない。常に周囲の様子が頭に飛び込んでくる、そのせいで緊張を解く事ができなくて。
 まどろみの中で見るのは、血塗られた悪夢。自分に向かって刃を振り下ろす相手の姿が、幾重にもぶれて見える。
『お前が…男だったら……。いや、女でもよかった。お前さえ…』
『せめて一緒に、逝きましょうね…。哀れな私の子…』
『直々に、殺してやるよ!』
 それらは遠い“過去”のりプレイだ。あるいは炎を背景に、あるいは星空をバックに。
 穏やかな表情で眠るマークは、きっとこんな悪夢とは無縁なのだろう。そう考えるアシュレイもまた、今はマークの抱え込む暗い過去、その存在にすら気付いてはおらず。
 ――マークの見る悪夢がある事を知らず。
 そんな取り止めのない思いを巡らせていたら、太陽に透けて輝く紅玉のような赤い瞳と視線が合った。マークが起きてしまったらしい。
「う、うわぁ!?」
「わあ!?す、すいませんっ!」
 思わず声を上げたマークに、アシュレイの方もびっくりして、一緒に声を上げる。
 マークは目の前の碧い瞳をまじまじと見た。色が移り変わっていく様が珍しいこの目は、アシュレイのものだ。前々から一度は話してみたいと思いながら、ついつい機会を逸していた相手。まさかその相手が、こんな近くで自分を観察してるとは。
「な、なに?何か用?」
「え?えぇ?いや、その…っ。あ、あんまり気持ちよさそうに寝てらっしゃったので、平和だなぁって…」
「何だそれ」
 わたわたと変なことを口走るアシュレイに、マークはつい吹き出す。
 春の陽射しは、あくまでもうららかだった。



 伶様のサイトが二周年を迎えられたとの事で、その記念企画に目ざとく便乗してリクエストして、書いてもらったお話でございます。
 相変わらずアシュレイさんが微笑ましい…寝顔をご覧になる光景が目に浮かびます…。マークが羨ましい(笑)
 しかし私のリクの仕方がなんとややこしく無茶苦茶であったことかと、お願い後に気づいたという悲劇;わけの分からないリクにご対応下さり、どうもありがとうございました!;

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