共同戦線、未遂
ようやく敵将は倒れた。戦の、終わりだ。
私は重くため息をついて剣を納めた。
最近調子が良くなくて気が滅入る。指揮の腕とか、剣の腕とかそういうものではなくて、気分的な体調が。
鈍い頭でぼーっとしていると、おっとりした控めな声が聞こえた。
「マーク様、大丈夫ですかぁ?」
「ああ、うん、平気」
反射的に生返事をすると、アシュレイは気遣わしげな様子で私の目を見上げる。
「ごめん…別に、何でもないから」
そう答えたものの、アシュレイからそういった雰囲気は消えない。
あまり心配されるのも悪い気がする。そう思ってわざと話題をすり替えると、これが意外な程に成功した。
「それより、今回はアシュレイに感謝しないとね。あんな細かい見取り図、初めて見たよ」
「そ、そうでしたかぁ?あれがお役に立ったのなら幸いですぅ…」
アシュレイは言いながら俯き、先程の事は忘れかけてくれているようだ。私は更に煽る。
「うん、もう凄い役に立ったよー。びっくりしたんだから」
やや無茶な感もあるが、紛れもない本心だ。
アシュレイは、見た目はのんびりした子供だけど軍師の才能、特に状況の察知や判断に関しては誰も敵わない鋭い観察眼を持っているし、よく気も回る。初めて会った時は失礼ながら、本当にこの子が私と同じ軍師をしているのかと疑ってしまった。しかし戦闘中、アシュレイがすっと差し出してきた紙を見た途端、今度は我が目を疑うはめになった。
描かれていたのは、まるで見えないはずの遠くまで見透かしているかのように完璧で精巧な敵の位置だった。少し悔しくなってしまう程に、この事については負けを認めざるを得ない程に完璧な。
そんな非凡な能力を持っているのに、いつも見学なんてもったいない。だから、次からは指揮を二人一緒に考えてみようと思った。
「ねえアシュレイ」
「何でしょうかぁ?」
「今度の指示はアシュレイが考えてみたら?」
何気ない提案だった。きっとアシュレイはいつも通りの口調で承諾するのだろうと、期待混じりに予想をしていた。
「ええぇ、自分がですかぁ?! そんな、マーク様一人で十分間に合ってますよぉ!」
しかし、何故か驚愕した答えに、私はしまったそう来たか、と胸中で納得した。
普段からアシュレイは遠慮が過ぎるきらいがあったから…。
それでもお手並み拝見したくて説得を試みようとした時、ふっと一瞬アシュレイの顔に影が差した。しかし、続く言葉はない。
「あの、アシュレイ?」
さすがにまずいことをしたのだろうかと、おずおずと尋ねる。おっとりした物言いで、ぼんやりした表情が、どうしてかとても悲しげだった。
「申し訳ありません~、何でもないんですぅ。自分は…」
「アシュレイ」
私は考えるより先にアシュレイの台詞を制した。…苦しんでいるようで、そんな中から搾り出される声を聞くのが嫌だった。
「言わなくていいよ」
突き放す空気にならないように、気をつけて話しかける。
「何かあるんでしょ。でも、それは無理に言わなくていいよ、辛いでしょう。…それに、私も隠し事の一つ二つしてるんだし」
隠し事をしている事自体、人に言ったことがなかった。何でこんなことを言ったのか分からなかったが、不思議と不安はなかった。
「でも、自分は軍師なのに…」
「今みたいに時々助けてくれれば十分だよ」
思いつめてほしくなかった。苦しむ誰かは、まるで自分を見ているよう。
あなたが辛い分、私が頑張って埋めるから、とも付け足した。
「マーク様…」
「気にしないで。何でもない、は嘘ついてる人の常套文句だもんね。私もさっき言った。だから、おあいこだよ」
その時、ずっと悲しげだったアシュレイの表情にさっと日が当たったようになった。
「マーク様、ありがとうございますぅ。…なんだか気分が軽くなったみたいですぅ」
それこそ花が咲いたようなアシュレイの綺麗な笑顔は、私の影も照らし、それでも暖かく受け入れてくれる、そんな印象だった。
「そう? それは、ありがとうね」
「え…? どうしてマーク様がお礼を言うんですかぁ?」
「ん、それは…」
私は思わず口ごもった。所詮、自分の為に言ったことだと思っていたのに、それでお礼の言葉をもらうとは予想外だったから。
「ま、いいじゃない」
やや強引に話を終わらせると、私は小さなアシュレイの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「ふわっ? マーク様ぁ??」
「…全く、罪なやつ」
「ええぇ? 何ですかぁ?」
「別に、何でもない。」
私は素早く踵を返し、さっさとその場から逃走する。アシュレイの何か言う声には勿論答えない。
本当に、罪なやつだ。手を貸さずにはいられないような。
私が画策していたアシュレイとの共同戦線は、叶わなかった。未遂に終わった。でも、これでもよかったんだろう。
代わりに、私達は形も分からぬ影の存在を共有したのだ。
それ程の支えなんて、そうそうない。そうでしょう、
アシュレイ。
夢幻玉章との相互リンク記念小説です。アシュレイさんとマークの交流とはいかなるものか、を考えてみました。
するとなんと驚くべきことに、マークがアシュレイさんに惚れ込んでます!
でも『かわいい』って思ってる感じで、少々ニノとだぶらせています。時間帯は、アシュレイさんと会ってからあまり経ってないところです。
人様のキャラを小説にするのは初めてだったのでおかしな部分があるかと思いますが、こんなものでよければ伶様、お受け取り下さいませ。
2006.12/19 tue
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